大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)70号 判決 1968年4月26日
原告 ゼネラル株式会社
被告 東税務署長
訴訟代理人 川村俊雄 外五名
主文
被告が原告に対し昭和三七年一〇月二六日になした別紙(一)納税告知金額等の内訳記載の各月別の納税告知処分ならびに加算税賦課決定処分のうち別紙(二)当裁判所の各認定支払金額(総支給金額はこれに別紙目の原告の源泉徴収税額等の内訳の各月の支払金額を加算する)に対応する納税告知処分ならびに加算税賦課決定処分を超える部分を取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分しその一を原告、その余を被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 請求原因第一、二項の事実、被告の主張第一項(一)の事実、同項(二)のうち被告が原告に対しその主張のような処分をした事実は当事者間に争がない。
二 被告は、原告は昭和三六年三月一日から同三七年八月三一日までの間に芦田に対する給与九、一五〇、〇〇〇円のほかに芦田が原告会社に通勤するについてタクシー会社発行の乗車券により、同会社のタクシーを利用せしめその料金四八一、九四〇円を支払つており、右は現物(通勤の便宜)給与であるから原告においてそれに対応する源泉所得税を徴収納付すべきであると主張するので検討する。
(一) 原告は大阪市東区本町一丁目一八番地において複写紙の製造販売を行つている株式会社であり、芦田は原告の社長で芦屋市西芦屋三九番地の自宅より原告会社まで通勤していることは当事者間に争いがない。
成立に争のない<証拠省略>および弁論の全趣旨によると原告会社はかつて乗用自動車を所有していたのであるが、人身事故を起したこと等から昭和三〇年頃その所有をやめその代りに社用のため乗用自動車の必要なときにはタクシーを利用することになつたこと、原告はタクシーを利用するについて相互タクシー外一社から予めタクシー会社発行の乗車券の交付を受け、庶務課においてこれに社長室(役員および秘書的な業務を扱う係)、人事課、資材課、調研等使用部署名のゴム印を押捺したうえ、各部署に配布し、各部署において必要に応じてその乗車券を使用してタクシーに乗車することにし、その料金は使用乗車券にもとづくタクシー会社の請求をまつて経理課から支払つていたこと、芦田は原告の社長として主として社長室と記載した乗車券もしくは部署名の記載のない乗車券を使用してタクシーを利用していたこと、芦田は原告会社に通勤するについて阪急電車の定期乗車券を使用していたのであるが、原告においては会社役員がタクシー乗車券を使用してタクシーで帰宅してもよいことになつていたので後記のとおり帰宅等のためにも利用したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
(イ) 被告は原告が別紙(三)タクシー利用料金明細1欄、3欄記載のとおり芦田に相互タクシー発行の乗車券をもつてタクシーを利用せしめ、その料金を原告において負担した旨主張するところ、同4欄○印のものについては芦田が相互タクシー発行の乗車券によりタクシーに乗車し、原告がその料金を支払つたことについては当事者間に争がない(別紙(三)タクシー利用料金明細2欄の経路についても同7欄○印のものについては当事者間に争がない)が同4欄×印のものについては芦田がタクシー乗車券によりタクシーを利用したことを認め得る証拠はなく、却つて<証拠省略>によると同4欄×印のものについては芦田がタクシー乗車券によりタクシーを利用しなかつた事実が窺われる。
(ロ) <証拠省略>によると、芦田がタクシーを利用した際別紙(三)タクシー利用料金明細5欄×印のものについては同乗者があつたこと、そしてその同乗者は同6欄記載のものであること、同6欄に客又は他会社の社長と記載してあるもの(同9欄レ印のあるもの)は原告会社に訪れた客を送迎するについて芦田が同乗(便乗)したものであること、また専務、大野、丸木と記載してあるものは原告の専務取締役芦田正雄、常務取締役丸木某が甲子園に、常務取締役大野某が申東園に居住していた関係から右記載の者等と同乗して帰宅したものであること、同8欄レ印のものは原告の用務で出張した際タクシーを利用したものであることがそれぞれ窺われ、他に右認定に反する証拠がない。
(二) ところで通勤とは自宅から勤務場所への出勤、勤務場所から自宅への帰宅をいうものと解されるところ、右認定事実によると別紙(三)タクシー利用料金明細のうち4欄×印のもの、8欄レ印のもの、9欄レ印のものを除くものについては芦田が原告会社への通勤(主として原告会社から自宅への帰宅)のためタクシー乗車券によりタクシーを利用したものと認められるが4欄×印のもの、89欄レ印のものについては芦田が通勤のためにタクシーを利用したものと認めることはできない。
もつとも右9欄レ印の中には降車地を自宅とするもの(例えば昭和三六年三月二四日、同年七月一七日、同年同月二三日等)がかなりあり、その中にはそのタクシーの利用全部が客の送迎に必要としなかつたものおよび芦田が帰宅するにつき客を便乗させたものも含まれていることが想像できないではないが、どれが右のようなものであるかが具体的に認定できない以上右タクシーの利用が芦田の通勤のためのものであつたとは認定できない。同様8欄レ印のものについても出張先とみられる場所を乗車地とし、降車地を自宅とするもの(例えば昭和三六年四月二日、同年六月八日、同年同月一一日、同年九月九日等)があり、その中にはそのタクシーの利用全部が原告の会社の用務のための出張に必要としなかつたものも(出張先と自宅との間に原告会社があり、簡単に帰社できるような場合は出張先から原告会社までの分に相当する分は出張に必要なものといえるが、それ以外のものは出張に必要なものとはいえない。)も含まれているであろうことが認められるが、どの部分が会社の用務のための出張に必要であり、どの部分が出張に必要としなかつたものであるか区分できない以上8欄レ印のタクシーの利用が芦田の通勤のためのものであつたと認定することはできない。
原告は、芦田は原告の代表取締役であつて時間外超過勤務の観念がないから会社からタクシーで外出し社用を終え用務先から帰宅することがあり、また社用による出張先から直接帰宅するのであつて芦田のタクシー利用はすべて原告会社の執務のためのものであつて通勤のためのものではないと主張するが、芦田の勤務場所は大阪市東区本町一丁目一八番地の原告会社であることは当事者間に争がなく、芦田がその自宅から原告会社への出社し、原告会社から自宅への帰宅することは芦田の通勤に当ることは明らかであるからそのためのタクシーの利用は通勤のためのものであり、執務のためのものであるということはできない。また原告は芦田が原告会社の専務常務らと同乗したときは車内において役員間の意見の交換、交流をなし社務連絡を行うのを常としていたのであるから原告会社の社屋における業務執行の延長というべきものであつて通勤の概念に該当しない旨主張するところ、原告会社の役員らが原告会社から帰宅するにつきタクシーに同乗した場合には車中において原告会社の業務についての意見の交換、社務連絡が行われることが多かつた(この事実は<証拠省略>によつて認められる。)にしても会社経営に当る役員として通常の事柄であり、これをとらえて原告会社の社屋における業務執行の延長であつて、タクシーの利用を通勤のためのものでないということはいえない。
(三) そうすると原告が芦田に通勤のため相互タクシー発行の乗車券をもつてタクシーに乗車せしめ、その料金を原告において支払うことにより、芦田に与えた利益は少くとも別紙(三)タクシー料金明細11欄記載のとおり八二、四六七円となる。(芦田が原告の役員と同乗したときは本件証拠上芦田か他の役員を便乗させたと認めることはできないからその料金を各同乗者の乗車距離の割合によつて決めるべきことになるが、その乗車距離の割合が判然とせず、芦田の乗車距離が一番長いので芦田の受けた利益は少くともその料金を同乗者の人数で除した額を超えることになる。)
(四) しかるところ、原告が芦田に通勤のためタクシー会社発行のタクシー乗車券をもつてタクシーを利用せしめ、その料金を原告において負担したことは原告が芦田に対し通勤の便宜(現物給与)を与えたことになり、右は芦田の旧所得税法第九条第一項第五号の給与所得(旧所得税法第一〇条第一項、第六項、旧所得税法施行規則第九条の二参照)に該当することになる。そうすると原告は芦田が通勤のためタクシーを利用したことにより受けた利益(タクシーの利用料金相当額)を芦田の給与所得としてその支給の際所得税法第三八条により所定の税額を芦田の給与から源泉徴収し、それを政府に納付すべきものであつたことが明らかである。しかるに原告は芦田の給与所得について別紙(二)原告の源泉徴収税額等の内訳記載のとおり源泉所得税を徴収納付したのみで、右現物給与についてはこれをなしていないことは当事者間に争のないところである。
なお原告は原告会社には役員が社務に用いる乗用自動車を所有していないので、それに代えてタクシーを利用しているところ、本件のようなタクシー乗車券の交付が現物給与であるとすれば、他会社、官庁等において通常行なわれている自家用自動車による上級職員の送迎も現物給与といわなければならないのに、これに課税せず、本件のような場合のタクシー乗車券の交付にのみ課税するのは租税法における公平負担の原則に反すると主張するが、通勤の用に供するため特にタクシーを利用する場合と自家用自動車による送迎を受ける場合(この場合においても通勤の便宜の供与を受けているのであるからガソリン代、自動車の減価償却費等の計算によりその額が明確にされるときは、現物給与として課税すべきものであろう。)とはその態様において異つているのであるから仮りに原告の主張するとおり事実上自家用自動車による送迎を受けている場合に現物給与として課税されていないとしても(証人河嶋透の証言によると自家用自動車による送迎をしている会社においてもガソリン代、自動車の走行距離等から供与した金額を明確にし、その額を給与所得として源泉徴収をしているところもあるようである。)原告の主張するように租税法における公平負担の原則に反するとはいえない(自家用自動車によつて送迎を受けることにより通勤の便宜を与えられている場合にはその価額の算定は困難であるがタクシーによる場合はその価額はタクシー料金によつて明確になる。)。
(五) ところで現物給与のうち通勤用の定期乗車券そのものを交付する場合又は定期乗車券を発行しない交通機関により通勤する被よう者に対し定期乗車券の交付に加え、出勤日数に応じ乗車券又はその代金相当額を交付する場合においては昭和三一年二月一日から同三六年一〇月三一日まではその金額が月額金六〇〇円まで、同年一一月一日から同三八年一二月三一日まではその月額金七五〇円までの部分については課税しない取扱になつている(昭和三一-直所-二-九。昭和三六-直所-二-一〇九)。
そうすると原告が芦田の給与所得のうちの右現物給与について課税対象になる給与は別紙(三)タクシー利用料金明細11欄の各月の合計額から昭和三六年四月分より同年一〇月分までは各金六〇〇円、同年一一月分より同三七年八月分までは各七五〇円を差引いた額(別紙(一)当裁判所の認定支払金額)となり、原告は芦田の給与から更らに右金額に対する所定の税額の所得税を源泉徴収し、政府に納付しなければならなかつたことになる。
三 給与所得についての源泉徴収に関し、給与所得の支払をなす者は所定の税額の所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までにこれを政府に納付しなければならない旨を定め(旧所得税法第三八条第一項、現行所得税法第一八三条第一項)、給与所得の支払をなす者が徴収して納付すべき所得税を納付しなかつたときは政府はこれを支払者から徴収する旨を規定している(旧所得税法第四三条第一項、現行所得税法第二二一条)。そしてその徴収に関し法定納期限までに納付されなかつたものについて、税務署長はこれを徴収しようとするときは、納税告知をしなければならないことになつている(旧所得税法第四三条第二項、国税通則法第三六条)。
本件においては被告は原告に対し昭和三七年一〇月二六日に原告の昭和三六年三月一日より同三七年八月三一日までの間の源泉所得税に関し、別紙(一)納税告知金額等の内訳記載のとおり、源泉所得税の本税二一〇、七〇二円の徴収告知ならびに加算税三五、〇〇〇円の賦課処分のあつたことは当事者間に争がなく、<証拠省略>および弁論の全趣旨によると右処分は別紙(一)納税告知金額等の内訳のとおり記載した一通の納税告知、加算税賦課決定書をもつてなされたことが認められる。
ところで源泉所得税は前記のとおり、その徴収の日の属する月の翌月一〇日に法定納期限の到来する国税であつて各月別に区分されるものであるから、支払者が徴収納付すべき所得税を政府に納付しなかつた場合、税務署長がこれを徴収するにあたつて納税告知をするには各月別に別個の処分としてなさなければならないものである。このことは加算税の賦課決定についても同様である。従つて本件においては一通の書面に各月別の内訳が記載されているのであるが、これは各月別の各別の処分を一通の書面でなしたものとみなければならない(国税通則法施行規則第五条二号書式参照。そうすると、被告は昭和三六年四月分について芦田の現物給与の存在を主張しているが、同月分については徴収告知ならびに加算税の賦課決定そのものがなされていないことになる。)。
四 以上のとおりであるとすると別紙(一)納税告知金額等の内訳記載の各月別の納税告知処分ならびに加算税賦課決定処分のうち別紙(一)当裁判所の認定支払金額(総支給金額を算出するについて別紙(二)原告の源泉徴収税額等の内訳の各月の支払金額に加算すべき額)に対応する納税告知処分ならびに加算税賦課決定処分を超える部分は違法なものとして取消を免れない。
よつて原告の本訴請求中右の限度において正当なものとしてこれを認容し、その余の部分については失当なものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎甚八 長谷喜仁 光辻敦馬)
別紙<省略>